ひろこの睡眠学習帖

寝言のようなことばかり言っています。

誰にも信じてもらえない体験

お題「誰にも信じてもらえない体験」

 

3年ほど前のことだ。
わたしの夫は魚釣りが趣味だ。海の近くに住んでいることもあって、わりと頻繁に釣りに出かけている。

ある日曜日の午後、夫は釣り上げたサバを手みやげに帰宅した。
新鮮だから、半身はお刺身にして、半身はシメサバにしよう。小さいのは塩焼きにしようか、といいながら夕飯を作った。
やっぱり、新鮮なサバは違うねえ、と言いながら夫も私もバクバク食べた。
おいしいおいしい、と言いながら、あまりよく噛まずに、私は食べてしまった。
サバは本当に美味しかった。それは間違いないのだけれど、そこからが問題だった。

その夜、私は調子に乗って食べ過ぎたせいか、少し胃がもたれていた。

「起きてても苦しいし、先に寝るわ」

そう言って、さっさと寝ることにした。
身体をふとんに潜り込ませても、胃がムカムカするのは変わりない。気持ちわるいまま眠れるだろうか? 少し吐いた方が楽になるかな? そう思ったけれど、せっかく夫が釣ってきた魚を吐き出してしまうのも、申し訳ないか……。そう思って、横になっているとウトウトまどろんで、いつの間にか眠ってしまっていた。

翌朝になると、少し胃の違和感は残っているものの、昨夜よりはスッキリしている。やっぱり調子に乗って食べ過ぎたんだな。そう思って、仕事に行く支度を済ませ、会社へ向かった。
会社までは電車で小一時間かかるのだけれど、その日は電車の中で妙にニオイが気になってしまった。香水のニオイがキツい人がいる訳でもなかったけれど、衣類の柔軟剤のニオイや、体臭なんかがまとわりついてくるようで、鼻の中にベッタリと、こびりついてきた。
昨日あんまり上手く眠れなかったし、体調があんまり良くないのかもしれない。
今日はなるべく早めに帰らせてもらおう。
そう思いながら、仕事に向かった。

職場でも、いつもは全然気にならないニオイがやたらと気になる。やたらと身体がだるくて、全然集中できない。気分転換にコーヒーでも飲もうと思っても、ちょっと口をつけただけで気持ちわるくなってしまった。いつもはガブガブ飲んでいるのに、まるで泥水でも飲んでいるかのようで、一口も飲めなかった。
社長に「顔色わるいし、早めに帰ったら?」と言われるほどだった。

早退することにして、夕方の帰宅ラッシュの前に電車に乗ることができた。だけど、そこからが辛かった。朝よりも、やたらとニオイが気になってしまい、吐き気すらもよおしてくる。途中で電車をおりて、何度かトイレに立ち寄りながら、やっとの思いで帰宅した。
食欲なんて全くないし、食べ物のニオイも嗅ぎたくなかった。
「気持ちわるいから、今日はご飯作れない。もう寝ます」とLINEを送って、早々と寝ることに決めた。昨日食べ過ぎたことが引き金なのだろう。胃薬を飲んで、さっさと寝てしまおう。一時的な胃炎か何かだろう。そう思っていた。

 


朝はなんとか我慢できるけれど、夕方になると突然吐き気がこみ上げてくる。食事をしたいとも思わない。仕事には一応行っているけれど、通勤がかなりつらかった。電車に乗るのが怖い。かといって、家にいても、臭いに襲われるような感覚がまとわりついていた。お隣のお家の夕食のニオイ。洗濯物の生乾きのニオイ。食器に残っている、かすかな洗剤のニオイ。それらすべてのニオイが、私の鼻の中にベッタリとこびりついて、吐き気をおこさせるのだった。
「もしかして、つわりの症状なのかも?」とも考えてみたけれど、おそらく、妊娠はしていない。
なんだろう? 私の身体が、なんだか分からないうちに変わってしまったのだろうか? このまま、私の身体は、おかしくなってしまうのだろうか? 気味の悪さを感じながら、ようやく金曜日も終わりを迎えた。

土曜日の午前中に病院に行けばよかったけれど、疲れきって眠りこけてしまい、気がつけば夜になっていた。一歩も外に出ていないけれど、夜になるとやっぱり気持ちわるくなる。何も食べていないけど、トイレで吐いてしまった方が楽だろう。そう思って胃液だけを吐き出した。すると、吐き出した胃液の中に、何か、蠢くものがいる。
便器の水の中に落ちないで、手前に引っかかっていた。

 


「うわああああああ」

 


あまりにもビックリして、とっさに叫んでしまった。
夫がトイレに走ってきて、「大丈夫?」と心配そうに声をかけた。
「なんか、動いてる! そこ!」
私は便器を指差して、さっき私の口から飛び出してきた蠢くものを夫に知らせた。


「うん? ……寄生虫? アニサキスか?」

 


アニサキス

 


サバについている寄生虫の名前だ。
サバにはよくついている寄生虫なので、夫はわりと冷静に判断していた。
確かに数日前に、お刺身にしてサバを食べた。そこにいたのだろうか?

夫は割り箸を持ってきて、5ミリくらいの大きさの蠢く物体をつまみ上げ、広げたサランラップのうえにペトリと置いて、じっくりと見ていた。
「うーん。これはアニサキスだと思うけど。サバ食べたのいつだっけ? 日曜日だよね? そんなに胃の中で、生きてるのかな?」


アニサキスという寄生虫は、人間の胃のなかに入ると、胃に噛みついてくっつこうとする性質がある。そのために強烈に胃が痛くなって、食べたその日のうちに救急車で運ばれることが多いという。一週間も胃の中で生きていた話を聞いたことがなかった。私の口から飛び出してきた生物が、はたしてサバについていた寄生虫なのか、また違った、別の寄生虫なのか、判断できなかった。


夜間に対応している病院へ行ってみた。

もしも、私の胃の中に、まだこの寄生虫がうじゃうじゃいたらとおもうと、怖くなったからだ。けれど病院に言っても、そのサランラップに包まれた生物については、分からないと言われてしまった。痛みの症状が出ていないのなら、緊急で胃カメラ検査をする必要がないという診断だった。ベテランの看護師さんが「あらー、これはアニサキスっぽいわね」と言ってくれたけれど、断定はできないということだった。
一匹吐き出したからか、体調不良の原因が何となく分かったからなのか、その日は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。

週明けに、かかりつけの内科の先生に診てもらいにいった。例のサランラップに包まれた、寄生虫らしき生物も、もちろん持っていった。

先生に、これまでの一部始終と、サランラップの包みを見せた。すると、先生は、

「あー、アニサキスですね。口から出てくるなんて、めずらしいですねえ」と笑いながら診察してくれた。


「あのー、もう一匹いるっていうことはないですか?」

私は心配になっていたことを恐る恐る訊ねてみたけれど、

「そんなに何匹もいないでしょう。まあ、仮にもう一匹いたとしても、人間の体内では長く生きていられませんから。長くても一週間ぐらい。もう死んでると思いますよ」

と、あっさりと言われてしまった。
「生きた状態で、吐いたときに出てくるなんてね。初めてみたよ」

先生は興味深げにサランラップに包んであった寄生虫を見ていた。
「もしかしたら、まだ多少違和感があるかもしれないから胃薬出しとくよ。違和感がなければ飲まなくて良いから」そう言われて、診察は終了した。
確かに、吐き出したあとは、スッキリしていて、これまでのムカムカした気分は一切なくなっていた。

だけど、5ミリくらいの大きさの、あの寄生虫は、私の一週間を確実に支配していた。食事をとることもできず、ニオイに敏感になりながら吐き続け、外出すら恐怖に感じられたのだ。明らかに私の行動を、支配していたのだ。

 


口から生きた状態の寄生虫を吐き出したなんて、誰に言っても信じてはもらえないけれど。




今年も、お帰りなさい。

「ああ、もうこの季節が巡ってきたんだ」

 

ふと、見上げて、そう思う。

 

桜の季節でしょう?

お花見シーズンでしょう?

いや、ちがう。

そうだけれども、そうじゃない。

 

私が住んでいる海に近い街では、桜といえば、入学式のころに咲く「ソメイヨシノ」ではない。2月の終わりごろからツボミを綻ばせる「河津桜」という、早咲きの桜が主流だ。

 

4月にもなれば、すっかりと青々とした若葉が生茂っている。

 

だけど。

4月の上旬になると、「この季節がやってきた」と思う出来事がある。

 

そうだ。

彼らが帰ってきたのだ、この街に。

 

彼らの姿を見かけると、何だかいつもホッとする。ついつい、彼らの姿を目で追っていることにも気がついた。

 

それは多分、私だけじゃない。

私の住む街の人たちは、彼らが戻ってきてくれることを、待ちわびている。

「今年も、彼らが戻ってきてくれるといいですね」

駅前のコンビニの店員さんと、そんなささやかな会話を交わす。

 

彼らの姿を、

彼らの声を聞きたいと、

冬の間はいつも願う。

 

彼らの声を、聞いたことがない人も多いかもしれない。

姿は見たことあるよ?

いつも、オシャレにキメてるよね。

でも、声は聞いたことないなぁ。

いつも、スイッと風のように通り過ぎていくでしょう?

 

彼らの話題を口にすると、多くの人が、決まってそう言う。

 

だけど、私は、彼らの声を知っている。

何に例えるといいだろう?

似たような音の楽器は、ちょっと見たあらないかもしれない。

いや、無知な私が知らないだけかもしれないけれど。

 

私がぴったりだと思うのは、

「世界のネジを巻く鳥の声」

村上春樹さんの「ねじまき鳥クロニクル」に出てくる、鳥の声。

ギイイイッと、世界のネジを巻くような音出してなくのだと、物語のなかに出てくるのだ。

 

どんな鳥を想定されて、物語を書かれたのかはわからない。

けれど、私にとっては彼らこそ、ねじまき鳥かもしれない。

 

私に春の訪れを告げて、季節のネジをひとつ巻いてくれる鳥。

 

ツバメ。

 

今年も、お帰りなさい。

私が住む街に、帰ってきてくれて、ありがとう。

 

ひとりで食べた、炊き込みご飯。

Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」

 

ひとり飯、というと、忘れられない思い出がある。

 

かれこれ18年ほど前。

私が高校を卒業して、大学に進学することになったときの話だ。

 

私は高校まで大阪で過ごし、大学進学を機に、神奈川でひとり暮らしを始めることになっていた。

 

高校の卒業式が終わって、まだ大学の入学式には早い時期に私は神奈川へ移り住むことにした。

実家での生活が息苦しく感じていたからだった。

 

口うるさい父。

心配性の母。

自分勝手な姉。

顔を見たくない、というほど、仲が悪いわけではないけれど。

一緒に過ごしていると、ついイライラして、心にもないことを言ってはケンカをしたり、悲しませたりしていた。

 

鬱陶しい家族と、離れて暮らせるなんて。

いや、家族と離れて暮らすために、神奈川の大学を志望したのかもしれない。

とにかく、早く別々に暮らしたいと考えていた。

 

 

しかし、高校を卒業したばかりの私は、世間知らずだった。私だけでは何にもない、がらんどうのワンルームのアパートを、住めるようになるまでに、なにを、どう準備すれば良いのか分からない。

大学が始まるまでの3週間ほど、母親も一緒に上京することになった。

 

そして母とふたりで、これから私がひとりで、4年間を過ごす、ワンルームのアパートでの生活に向けて準備を始めることになった。

 

大学にほど近いワンルームのアパートを借りて、私は、これから始まる生活に期待で胸がいっぱいだった。

母親も、口うるさい父親と少し離れて過ごす日々を楽しんでいるようでもあった。

 

はじめのうちは、家電を揃えたり、ちょっとした家具を買いに行っては、母と私で組み立てたりして、ふたりで楽しく過ごしていた。

ふたり分の食事も、作るのが面倒だといって、近くにあるスーパーでお惣菜を買って食べたり、「神奈川県といえば、やっぱりシュウマイやねんなあ」といって、崎陽軒の幕ノ内弁当を買ってきて、ちいさなテーブルでふたりで食べていた。

 

けれど、次第に私は母を疎ましく感じるようになってきた。

「せっかく、ひとり暮らしを始めたのに。お母さん、いつまでいるんやろ?」

そんな気持ちがムクムクと沸き起こりだした。

 

いつまでいるんやろ? と言っても、母が大阪に戻る日は決まっている。

入学式が済んだのち、大学でのオリエンテーションを受けて、本格的な講義が始まる前の週末に、母は大阪に戻る。

もともと、私のひとり暮らしの準備を手伝うことと、入学式の様子を見て、父に報告する、という使命もあったため、その任務を遂行するために、母は私と一緒に過ごしているのだ。

 

私が一人暮らしのために必要になるであろう家電や家具は、一週間もあれば、大方揃っていた。そのために母も、ヒマを持て余しはじめ「ちょっと、鎌倉に観光してくるわ」などと、早起きして、いそいそと、ひとりで出かけたりもしていた。

 

ヒマなんやったら、大阪、帰ればいいのに。

 

そんな態度が、気持ちの中だけには抑えられなくなっていた。

少しずつ、母を邪険に扱うような、口ぶりや、接し方にあらわれ始めていていたし、

母も、狭い部屋で、ずっと私と過ごしているのが窮屈に感じ始めたのだと思う。

 

ケンカをしているわけではないけれど、

少しずつ、重たい空気が、ワンルームのアパートに充満し始めていた。

食事も、手抜きの総菜ばかり、ふたりでモソモソと流し込むように食べていた。

 

ようやく大学の入学式が行われ、押し出されるようにして大学生活も始まっていった。

 

初登校の日に、母は心配そうに「いってらっしゃい」と私を見送ってくれた。

そのころには、あと数日で母がいなくなるという解放感と、ようやく現実が見えてきて

じんわりと寂しさもこみあげて、複雑なきもちがぐるぐると心の中を渦巻いていた。

 

緊張しながら、大学に行ってみたけれど、

私の予想以上に地方出身者も多くて、すこしずつ話ができる友達もできた。

 

......よかった。思っていたより、難しくなかった。

人見知りが激しく、人との距離をうまくつかめなかった私は、ちょっと安心した。

 

ホッとした気持ちを抱えて、帰宅した。

母が「おかえり」と、出迎えてくれた。

おかえり、と言ってもらうのは、今日までだ。

明日には、母は、大阪に戻ることになっている。

 

母はすでに、ボストンバッグに荷物をまとめていた。明日の朝に必要な物だけが申し訳なさそうに、部屋のかたすみに、ちょこんと置いてあった。

 

その日の夕食は、炊き込みご飯だった。

母が作ってくれる炊き込みご飯は、鶏モモ肉と、きのこがたくさん入っていて、私の好物だった。

「いつもみたいに作ったら、食べきられへんやろから、少なめに炊いたわ」

そう言って、母は、お茶碗に炊き込みご飯をよそってくれた。実家で食べていた炊き込みご飯の時、おかずはいつも卵焼きだった。ひとり暮らしの家には卵焼き器がなかったので、溶き卵を適当に焼いたものが、おかずとしてテーブルに並んでいた。

 

「大学、楽しそうか?」

母は、夕飯を食べながら聞いてきた。

「うん。青森から来た子と、仲良くなれそうやわ」

「そうか。楽しみやね」

「うん」

 

私は母と、あまり会話を交わせなかった。

数日前までに感じていた煩わしさのせいじゃ、ない。

あしたから、私は本当に、ひとり暮らしを始めるのだと思うと、泣きそうだった。

だけど、泣いてしまうと、母を心配させてしまうため、泣くわけにもいかなかった。

 

母が作ってくれた、炊き込みご飯を、ただもぐもぐと、噛みしめた。

 

翌朝、母は大阪に戻っていった。

私は新横浜まで見送りに行くといったけれど、母は「地下鉄に乗ったら、一本やし」と言って、私の見送りを頑なに断わった。

 

ボストンバッグを持って、母を地下鉄の改札まで見送りにいった。

母も、私も、もう2度と会えない訳じゃない。けれど、決定的に変わってしまう、これからの暮らしを考えると、ギュッとわしづかみにされたように胸が締め付けられた。

 

「また、長い休みには帰ってくるんやで! ほな、またね」

そういって、母は、作りものの笑顔を見せて、地下鉄の改札に入っていった。

私は、手を振りながら「ありがとう」と大きな声で叫んだ。

 

心配し続けてくれて、ありがとう。

今まで一緒にいてくれて、ありがとう。

むりやり笑ってくれて、ありがとう。

めんどくさい娘で、ごめんな。

 

いろんな気持ちが混ざりあった「ありがとう」を、母に届けた。

母は、小さくうなずいて、下りエスカレーターに乗って、行ってしまった。

 

自宅に戻ると、急に部屋が広くなったように感じられた。

今まで一緒にいたときは、煩わしいとすら感じていたのに。

その存在だけで、私は守られていたのだと、今更ながらに気がついた。

 

寂しくて、涙がこぼれてきた。

戻りたい、とは思わない。

けれど、今まで守られていた、大きなものは、もう私の側にはいない。

遠くからは、守られているだろう。

けれど、いままで当たり前のように感じていた存在は、当たり前じゃないんだと、ようやく理解できたのだった。

 

夕飯には、母が昨日作ってくれていた、炊き込みご飯を食べた。

昨日までは、いや、今日の朝まではふたりで食べていたご飯も、これからはひとりで食べるんだと思うと、やっぱり寂しかった。

 

ひとりで食べた、炊き込みご飯の味は、昨日より、塩っぱかった。

 

 

母から、無事に、大阪の家に着いたと電話がかかってきた。

私は、なんとなく寂しい気持ちを伝えたが、母は、あっけらかんしていた。

「そら、寂しいかもしれんけど。そんなん、今だけやでー! 大学、がんばりやー」

そう言って、ガチャンと電話は切れてしまった。

 

なんや! と、軽く憤慨したけれど、メソメソしてても、仕方がない。

自分で、決めたことなのだから。

明日から、がんばるわ。

帰省したときは、炊き込みご飯、作ってな。

 

 

 

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視点合わせること、視線をずらすこと。

毎日の暮らしの中で、

毎日同じことばかりが繰り返されているように感じてしまうことが、とても多い。

 

朝の準備の慌ただしさ。

生ゴミの処理。

駅までのぬかるんだ道。

雨にぬれて、ドロドロになった、タバコのポイ捨て。

生死をかけたレースのように、階段を全力疾走で駆け下りてくるサラリーマン。

遅れている電車。

毎朝の椅子取りゲーム。

 

朝の数時間だけでも、こうだなんて。

かぞえればキリがないけれど。

 

だけど。

同じ日常を歩いていても、違うものも見えてくる。

 

足元にすり寄ってくる、ネコの柔らかさ。

きちっとキレイに結べた、ゴミ袋。

ぬかるみの中にはえていた、つくし。

ポイ捨てをひろう、パトロールのおじいちゃん。

改札前で集合している今日の集いを楽しみしているおばあちゃん達の笑顔。

あたたかいお茶を、駅の自販機で買えたこと。

立っていたからみられた、車窓からのお花見。

 

何に、視点を合わせるか、

何から視線をずらすかは、わたしの、あなたの、こころ次第。

見たくないものは、ムリして見なくても

良いと思うのだ。

そんな時には視線をずらして、見たいものだけを選んでしまえばいい。

 

見たいものだけを見続けるのは、難しいと思うのも、こころ次第だし、

見たくないものの中にも、キラリと輝く宝石を見つけだすのも、こころ持ちひとつでガラリと変わると思うのだ。

 

道に落ちて、ドロドロになっているハンドタオルに、救われることだってある。

キレイに咲いた花を見ても、悲しみが込み上げてくることだってある。

 

すべては、受け止める、こころ次第。

 

 

読書はリスのように

このブログのタイトルを「睡眠学習帖」とつけたのには、いくつか理由があります。

 

今回は理由のひとつをお伝えしようと思います。


その理由とは、ズバリ!
「寝ているあいだにアイデアが受かぶようになるには、どうすればいいのか?」という、あまりにもズボラなものなんです。

 

......アホすぎますよね。
寝てるんやから、アイデアも何もないやろ! と怒られてしまいそうです。

 

 

しかし。
しかしですよ。


私の勤め先の社長は「夢の中で見たアイデアがいけそうだったから、まとめてみたよ」と平然というんです。

 

はじめて聞いたときは「あー、なんかヤバイ会社に入っちゃったな、こりゃ」と思いましたよ。夢のご神託とか、なんだか宗教じみた話が始まるのか、かなりヒヤヒヤしていました。

 

だけど、よく聞いてみるとご神託でもなんでもなくて。普通にアイデアが湧いてくるんだそうです。夢の中で。

 

う、うらやましい!!

 

でも、それはいつでもできるわけじゃないそうです。トレーニングしてできるものでも、なさそうです。


いろいろと悩んで、だいたいアイデアは出てるんだけど、あと一歩足りないんだよなあっていう時に夢でバチーーンとはまる……そうです。

 

 

……ムリ。凡人には、そんなんムリ。

 

いや、しかし、何とか、それを体得するためのコツを知りたい!

これができるようになれば、すっごく良い気がします。


社長に問い詰めてみたところ

「寝る前に本読んだり、家族に付き合ってドラマ見たりするから、それが意外と良いのかも」と。

仕事と関係ありますか?

「おんなじことばっかり考えててもループするだけだから、全然違うこと考えてたり、一回リセットする感じかなあ。でも無意識の中にはいつも問題はある感じにするの」


ほー。いいこと聞きました。

それ以来、私はだいたい眠る前に本を読むようにしています。同じ本をグッと読み込みたいこともあれば、何冊か平行してアレコレつまみぐいのように読むことも多いです。

読みたい本や、読みかけの本を何冊も枕の下にそっと隠しています。

 

そのために、慌ててふとんを畳もうとすると、バッサバッサと本が落ちてきます。

中には「あ! この本、途中になってた!気になってたんだよねぇ」というような本も出てくることも……しょっちゅうあります。

まるで冬眠前のリスのようです。

隠していた宝物を忘れてしまうなんて。

 

いえ、ただ単純にズボラなだけですね。おはずかしい。

でも、枕の下にそっと、大好きな本を入れてふくふくした気持ちで眠りにつくのは、とても暖かな気持ちになります。

まだアイデアを出すまでには体得できていませんが。


みなさまも、ぜひ一度お試しあれ。

 

「宝物だったスニーカーが、一瞬で呪われた話」

今週のお題「お気に入りのスニーカー」

「宝物だったスニーカーが、一瞬で呪われた話」

 

 

お気に入りのスニーカー、というと、どうしても思い出さずにはいられない、

夫の話があります。

 

それは、夫(以下A君、と記します)が小学生の頃のこと。

A君の住んでいる場所はとても山奥でバスも朝と夕方に1本ずつしか走っていないような田舎です。

A君はお父さん、お母さんとおじいちゃん、おばあちゃんと兄弟3人で暮らしていました。おじいちゃんとおばあちゃんは自宅で農業をやっています。

おじいちゃんもお父さんも、厳しい人でした。特におじいちゃんは戦争を経験していることもあり、物を粗末にしないように、食べられるものは何でも食べるように、といつも言っていました。

 

A君には4つ年上のお兄ちゃんがいて、お洋服はいつも、お兄ちゃんのお下がりでした。

お兄ちゃんのお下がりも嫌じゃないけれど、なんとなく、いつも考えていました。

 

お兄ちゃんばっかり、新しいお洋服、いいな。

 

お洋服はお下がりだけど、ひとつだけA君が新品のものを買ってもらえるものがあります。

それは靴でした。

靴は、お兄ちゃんも履きつぶしてしまうので、A君のためだけの靴が買ってもらえるのです。

 

ある日、ちょうど、A君の足が大きくなったので、今まで履いていた靴がきゅうくつになったと、お母さんに伝えたところ、新しい靴を買ってもらえることになりました。

「僕、お兄ちゃんが履いてる、カッコいいマークの付いた靴が欲しい」

A君は、そうお母さんに伝えます。

 

お兄ちゃんがいつも履いていたのは、アディダスのマークがついたスニーカーでした。

となりの駅前の靴屋さんで買ってもらったと、お兄ちゃんが嬉しそうに自慢していたのです。

「ぼくも、次に靴を買ってもらう時は、あのマークの靴がいいな」

A君は、心の中で、ずっと決めていたのです。

 

だけど、お母さんは、渋い顔をして、こう言いました。

「あれは、ブランド物でちょっと値段が高いからねえ……。A君はまだ、これからもすぐに足が大きくなるから、まだ早いんじゃないの?」

 

A君はショックでした。

お兄ちゃんは買ってもらえるのに、僕は買ってもらえない。

なんでだろう……?

お兄ちゃんばっかり、ずるい。

 

あまりにも、悲しそうな顔をしたのでしょう。

お母さんは、慌てて、

「とにかく、土曜日に、靴屋さんに行こう! A君のサイズのがあれば、一回試してみよう」

こういって、A君のしょぼくれていた顔を、一瞬で笑顔に変えてくれました。

 

土曜日になって。

A君は、お母さんと一緒に隣町の靴屋さんへいきました。

たくさんのスニーカーが並んでいます。ナイキ、プーマ、ミズノ……。

ありました。アディダスのスニーカーが!

 

真っ白のスニーカーや、ブルーやブラックのラインが入ったもの……。

いくつか種類があって選べましたが、A君は真っ白のスニーカーを手に取りました。

 

「お母さん、これがいいんだけど?」

そういって、お母さんにスニーカーをみせて、試しに履いてみていいか尋ねました。

お母さんは、ちらりと値札を確認しましたが

「うん、足に合うサイズがあれば、これにしたら?」と言ってくれました。

値段も、問題なさそうでした。

 

いくつかのサイズを試した後、ぴったりのサイズがありました。

まるで、僕のために作られたみたい……。

カッコいいだけじゃなくて、僕の足にぴったりだなんて。

A君はとっても浮かれていました。

お母さんがレジでお会計をしてくれて、その真っ白なアディダスのスニーカーは、

A君のものになりました。

 

履いて帰ろうか? とも思いましたが、

せっかくだし、月曜日に、学校に行く日から履こうと決めて、

その日は大事に持って帰ることにしました。

大切な宝物を手に入れた勇者のように、

スニーカーが入っているビニール袋を、しっかりと持って家に帰りました。

 

新しいスニーカーを手に入れたA君は、あまりにも嬉しくて、

その真っ白なスニーカーを玄関に飾ることにしました。

お兄ちゃんがふざけて、履こうとしますが、お兄ちゃんの足は大きくて履けません。

「やっぱり、僕のためだけの靴だから、みんな履けないんだ!」

そう思って、うれしくて、なんどもニヤニヤしながら靴を眺めていました。

 

次の日。

お父さんは朝早くにゴルフに出かけていきました。

おじちゃんは庭で、農作業をしています。

お天気も良くて、A君は新しいスニーカーを履いて遊びに行きたかったけれど、

まだ、そのスニーカーは大事に眺めておこうと思っていました。

 

夕方になって、お父さんがゴルフから帰ってきました。

「おーい、おじいさん、ちょっと」

外から、お父さんが、おじいさんを呼んでいます。

おじいさんはA君と一緒にお茶を飲んでいました。

 

「おじいさん、ヘビを持って帰ってきたから」

お父さんのその一言を聞くや否や、おじいさんはものすごい勢いで

玄関へ飛び出していきました。

おじいさんは、野生の生き物(カエルやヘビや、昆虫など)を「精がつくから!」と好んで食べていました。おそらく、戦時中の体験が、体に染みついていたのだと思います。

 

おじいさんの勢いにつられ、A君も少し遅れて、外に出てみることにしました。

その時です。

玄関に飾ってあった、A君の新しいスニーカーが見当たりません。

「あれ……?」

すこし、不安な気持ちを抱えながら、A君は庭に出てみました。

 

すると。

おじいさんが、A君の新しいスニーカーのかかとを踏みつけて、履いていました。

手には、だらりと、死んでいるヘビを持っています。

 

おじいさんは、そのまま、農作業でつかっている鎌でヘビの頭を切って、

いっきに皮を剥ぎ取りました。

A君のスニーカーで、切ったヘビの頭をふみつけて、

メリメリッと音が鳴りそうなほどに勢いよく。

 

ヘビの皮は、きれいに剥けて、おじいさんはうれしそうに満面の笑顔で、

ヘビを大切に持って、いそいそと家の中に入っていきました。

まるで、大切な宝物を手に入れた勇者みたいに。

 

玄関には、かかとがつぶされて、無残な姿になった

A君のスニーカーが脱ぎ捨てられていました。

そのスニーカーには、泥と、ヘビの血が少しついていて、

もう、真っ白ではなく、どろどろに汚れていました。

 

A君はとても悲しくなりました。

ぼくの大切な宝物を、踏みにじられてしまった。

 

けれど、おじいちゃんにとっては、

ぼくの靴なんて、どうでもよくて、

好物のヘビの肉こそが、宝物だったんだ……。

 

どろどろになった靴をじっと見つめて、

涙があふれてくるのを、必死でこらえました。

台所からヘビの肉を焼くにおいが、玄関まで漂ってきました。

「この煙のせいで宝物だった靴が、あっという間に呪いのかかった靴になってしまった」と、思いましたが、

A君は、この靴を履きたくない、とは言えませんでした。

 

月曜日。

学校に靴を履いていこう決めていた日です。

その日は朝から大雨でした。

 

A君は呪いのかかった靴をイヤイヤ履いていきましたが、

ふと、思い立って、わざと、水たまりに大きく飛び込みました。

 

いっそのこと、もっとドロドロにしてやればいいんだ!

呪いも何も、ないんだ。

ぼくがわざとドロドロにしてしまえばいいんだ!

そうして、ぼくの、自慢の泥だらけの靴にしてしまうんだ!

 

そう思いながら、バシャリバシャリと、水たまりに飛び込みながら

学校までの道のりをご機嫌に歩いていきました。

 

 

 

 

はじめまして、はじめます。

みなさま、はじめまして。

ひろこと申します。

 

ライティングの勉強をしております。

 

寝言のように、夢見がちなことや、

怖い夢にうなされているようなことを

ぽつぽつ言いはじめると思いますが

 

どうぞ、お付き合いくださいますよう

よろしくお願いいたします。