ひろこの睡眠学習帖

寝言のようなことばかり言っています。

母が作ってくれたお弁当のこと

中学、高校と給食ではなかったので、六年間いつもお弁当を持って学校に通っていた。

 

大人になった今ならわかるけれど、お弁当作りは本当に大変だ。

何よりも、早く起きなくちゃいけない。それを毎日、文句も言わずに作ってくれていた母に感謝したい。

 

感謝したい、と言いながらこんなことを書くと矛盾している気もするけれど、母が作ってくれるお弁当はワンパターンだった。

メニューは、いつも決まっていた。

玉子焼き、塩ジャケ、サラダ菜、りんご。

絶対不動の人気を誇るアイドルのように、これら5品は毎日変わらずにお弁当に詰められていた。

ごはんはおにぎりではなく、敷き詰められていた。けれど、白米だけは飽きるというので、白米、塩昆布、白米と言う具合に塩昆布がサンドされていた。

そして、あと一品。その一品だけが毎日日替わりで登場した。とり肉の照り焼きだとたり、冷凍食品のからあげだったり。冷凍食品はトースターでチンッと焼いていた。眠りまなこで服を着替えている時にチンッと聞こえてくると「あ、今日はからあげか、何かだな?」とボンヤリ考えたりしていた。

 

わたしは、毎日同じものを食べ続けていても、全然平気だ。今だって、お昼ごはんは職場の最寄りにあるLAWSONのタマゴサンドと、アロエヨーグルト。これを月曜日から金曜日まで食べ続けている。おそらく、もう1年近くずっと。でも毎日「ああ、おいしい」と思える。味覚が鈍感なのかも知れないけれど、あれこれと悩まなくていいため有難い。

 

だから、六年間、母が作ってくれたお弁当には何1つ文句はなかった。いつも、美味しかった。しかし、文句を言う人も、いた。

 

それは、私の姉だった。

おそらく、姉は誰かに言われたんだろう。

「お前のお弁当、いつも一緒だな」と。

母に対して抗議しているのがチラリと耳に入った。

「いつも同じのばっかりは、食べるの飽きるもん! それに、恥ずかしいわ」

 

実際に、私も言われたことがあった。

「同じメニューばっかりじゃない?」と。言った子は別にイジメとか、そういうつもりじゃないんだと思う。ただ、何の気なしに言っているのだ。私が言われたときは「うん。でも、おいしいから」と答えたし、「そうなんだ」というだけで終わったと思う。私自身、何も気にしていなかったので、嫌な気持ちにすらならなかった。

しかし、姉は違ったのだろう。指摘されたことに、恥ずかしい気持ちが込み上げてきたのだろう。語気を強めて、母に抗議していた。けれど、母は取り合わなかった。

「そんなに文句を言うのなら、自分で作りなさい。それぐらい、もう出来るでしょう?」

みんなより一時間早く起きて、お弁当を作ってくれていた母はかなりムッとしていた。

 

姉はグズグズと、何度か母に訴えていたけれど、お弁当の中身が変わることはなかったし、姉も早起きはしたくないようで作ることもなかった。

 

今では中学などでも給食が提供されていることもあるみたいだ。私たちのころも給食だったら、母は楽だっただろうなと思う。

けれど、こうして思い出してみると、やはりお弁当の時間が楽しみだったし、母が作ってくれたものは美味しかった。

本当に感謝しかない。

 

お母さん、ありがとう!