彼らと旅にでたことを、私は後悔してはいない。
今週のお題「読書の秋」
たしか、ちょうど一年前ぐらいのことだ。
大学時代の女友達と久しぶりに会ってランチを食べた。
彼女とは、学部もサークルも同じで、もう15年近くの仲だった。
ふたりとも読者が好きだけれど、なんとなく読むジャンルが違っていた。興味があればお互いの読んでいた本を貸し借りしては「あの本、おもしろかったね!」などと言い合っていた。
ランチを食べた後に、本屋に行こうという流れになった。
私は彼女に「最近おもしろかった本、何かある?」と訊ねた。すると彼女は「あるにはあるけどね……」とあまりはっきり言ってくれなかった。おもしろかったけど、オススメするほどじゃないってことかな? 単純にそう感じたので、あまり深くは聞かなかった。
しかし。本屋にたどり着き、ふたりでプラプラと文庫本コーナーに差し掛かった時のことだ。
「この本、めっちゃくちゃ面白いよ。でも、オススメできないかも」と一冊の本を指差してきた。
「水滸伝」がおもしろそうだ、とは何となく知っていた。ほぼ日刊イトイ新聞で紹介されていたからだ。乗組員さん(ほぼ日では、働いている人のことを乗組員と呼んでいらっしゃいます)が、あまりにも熱狂的にオススメされていて、ほぼ日の代名詞とも言える「ほぼ日手帳」の使い方紹介ですら、「水滸伝の出来事を書き出しています!」とされていて、ちょっと衝撃的だった。
そんな記憶もあったので、彼女が教えてくれたとき、「ああ、それおもしろそうだなって、思ってたんだよね」と何の気なしに答えてしまった。すると、彼女はすごく真剣な顔をして、コクリと頷いた。「そう。面白いよ。でも、ハードルが高いんだよね。ひろこなら、乗り越えられるかと思って、思い切って勧めてみたよ」という。
ハードルが高い? 内容がややこしいのかな。確かに私は時代小説はあまり読まない。歴史が苦手なわけじゃないけど、なんとなく「学力が試されている」ような気になってしまう。また、海外が舞台の小説や、翻訳物もほとんど手に取ったことがない。これは、私も頭の悪さが原因だと思うのだけれど、「カタカナ」の名称が全然頭に入ってこないのだ。かなりのページを読み進めていても「えーっと、この人誰だっけ?」と戸惑うことすらある。
水滸伝は、中国が舞台。カタカナがないのはセーフだけれど、登場人物がやたらと多い。しかも四字熟語かな? と思わせるような名前もあるし、時にはあだ名で呼ばれたりもするという。
はじめのページにある、登場人物紹介をちらりと見てみたが、見開き2ページに渡り、ビッシリと書き出されている。......まじか。
「確かに、めっちゃくちゃハードル高いね」
私はそっと、文庫本を棚に戻した。私にはちょっと厳しそうだ。そう思った。しかし、彼女は何かスイッチが入ったらしく「とにかく一巻だけでも読んでみて!」と猛アピールしてきた。私は彼女のあまりの熱意にうたれ、まあ、一巻ぐらいなら読んでみよっかな? と、また棚から一巻を取り出した。すると彼女は「三巻ぐらいまで、あっと言う間だから。ぜひ三巻まで!」と若干タチの悪いセールスマンのようなことを言ってきた。しかし、私が気になったのは別のことだった。「水滸伝って、何巻まであるの?」その本屋さんにはまばらにしか揃っていなかった。棚を見ただけではわからなかったので、彼女に聞いてみた。すると、彼女の顔は少し曇ってしまった。
「水滸伝だけなら、19巻」
歯切れ悪く、彼女はそう言った。
ん? だけなら? いや、19巻っていうのもかなりの内容だけれど。
「水滸伝には続編があるんだよね」
彼女は、隠していても仕方ないと言わんばかりに、そう続けた。
「水滸伝の続きて、楊令伝が15巻。そして、今から文庫本が発売になる岳飛伝が全17巻だよ!」
え? ごめん、とっさに暗算できないんですけど。えーっと、えーっと。
「全部で、えーっと、何冊読むことになるんですか?」私はちょっとしたパニックだった。
とりあえず一巻、いや、三巻まで読んでみてと言われた先に、こんな長い道のりがあろうとは……。
「全部で51冊かな? だから、ハードルが高いよって言ったんだよね……」
彼女は、ちょっとモジモジしていた。ちょっとどころじゃないハードルの高い。軽装備を勧めておきながら気づけばエベレスト登頂を目指すことになっているようなものだ。
まじでオススメなんですか……?
文庫本コーナーで、一瞬気が遠くなってしまった。
いや、でも。勧められた本をチラッとも読まず私にはムリ、と断るのも癪だなと思ってしまった。
彼女がオススメする、とりあえず三巻まで購入した。
ーーあれから、一年が経とうとしている。
私はまだ、志半ばにいる。
彼らとの旅は、まだ半分も終わっていはいない。
実際にあった、というわけではないけれど、
腐敗した政治に「俺たちが理想の国家をつくるのだ」という高い志をもった男たちの物語なのだ。
現在、私は「水滸伝」19巻は読破した。
けれど、まだまだ先は長い。
「楊令伝」の一巻も、手元にある。
けれど、この中国の歴史小説に手を出してしまうと、もう引き返せない。
読み始めたら最後、気になってしまって止めることができないのだ。
そのため、まだ手を出すことを躊躇している。
だけど、秋の夜長にかこつけて、そろそろまた、彼らの志を貫く旅に
出てもいいかなと考えているところだ。