指先と心の共通点
「それ、手でちぎっちゃダメだよ!」
無意識のうちにしていた私の行動に、そばにいた友人がギョッとしていた。
癖、というほどでもないけれど私はいつも指にできた、ささくれを引きちぎってしまうのだ。
友人に止められた、まさに今もそうだった。左手の親指にできた皮膚の違和感を、むしり取ろうとしていた。
「ああ、なんかついつい、ピッとむしり取りたくなっちゃうんだよね。見つけると」
私はちょっと恥ずかしくなって、その手を止めた。けれど、左手の人差し指では、そのピラピラと所在なさげにしている皮膚のかけらを触り続けている。
「この、ささくれは、絶対に取り除きたい」そう思いながら。
「そうやって、ひっぱると、またおんなじように皮膚が硬くなったりささくれたりするから、やめた方がいいよ」
友人は、彼女のきれいな指先を撫でるようにしながら私にアドバイスしてくれる。
うん、そうだよね。やめた方が、いいよね。
愛想笑いをしながら、私は適当に相槌をうつ。本当には、そんなこと思ってもいない。「ああ、早くささくれを取り除きたい!」という思いで狂おしいほどだった。
友人と別れたあと私はすぐに、ささくれをむしる。その左手の親指にある違和感を、放置しておくわけにはいかないのだ。気が急いていたからか、無理やりひっぱってしまう。少しばかり血が、滲み出てすらいた。
だけど私はようやく満ち足りた心持ちになり、ホッと息をひとつ吐いた。
ささくれを無理やり引きちぎるたびに、ちらりと胸にかすめる言葉があった。
「指先がささくれているときは、心に余裕のない状態なんだと思うんです。指先のささくれにも気づけない、心がわさわさしているというか」
言葉だけを覚えていて、誰が言ったのかよく覚えていない。女優さんのインタビューだったような気もするけれど、スピリチュアル系だか占い師の人かも知れない。だけど、誰が言ったかなんて、どうでもよかった。
その言葉自体が私の胸にささくれを生み出すようなものだったからだ。
心がわさわさ 、だなんて。
していないときを、探す方が難しい。
今だって、そうだった。
友人、といっても、もうここ何年もあっていなかった彼女とは生活スタイルも考え方も何もかもが変わっている。それは仕方ないことだし、当たり前なのだろう。
一方では「結婚したい!」と騒ぎながらも、独身を謳歌している。けれども、新しい秋物の洋服に身をつつみ、指先にはキレイに整えられたネイルが輝いている。
一方では「旦那の帰りが遅いのよ」と言いながら、結婚生活の愚痴をこぼしている。結婚という生活のステージは変わったけれど、爪の先はささくれている。洋服だって、何年か前に買ったもの。少し色あせてきているけれど、それには気が付かないふりをして大事に着ている。
どちらがいい、というものでもない。
けれど、結婚したって、生活レベルを下げたくない、という友人を見ていると、なんだか心はわさわさしっぱなしだ。
手がささくれているなら、ハンドクリームを塗ればいいんじゃない? いい香りのするクリーム知ってるよ、と何気なく教えてくれたけれど、ゆったりとした気分で香りを楽しんでいる心の余裕もない。
彼女からしてみれば、私はずいぶん変わってしまったのだろうか?
それとも、結婚していて、うらやましいと思っているのだろうか?
話をしているだけでは、本心は分からなかった。
けれど、せめて 教えてくれたハンドクリームではなくてもいいから。
心に生まれたささくれを、自分でピッとひっぱって
血がにじんでしまうようなことだけは、やめておこう。