ひろこの睡眠学習帖

寝言のようなことばかり言っています。

みかんケーキを作った思い出

今週のお題「おやつ」

 

私が子供のころ、私の母はよくケーキを焼いてくれた。

お誕生日には、かならずケーキを焼いてくれていた。姉と私でイチゴやらミカンの缶詰やらをゴテゴテと乗せる手伝いをした。もちろん、手伝いと言いながら生クリームをペロリと舐めたり、「全部乗らへんから、食べとくわー」といってつまみ食いもした。

 

母は、いつも手際がよかった。

「ひろちゃん、小麦粉な、カシャカシャってふるいにかけてくれる?」とか、「このクリームな、しぼり袋に入れていってな? ゆっくりでいいから。こぼさんといてな?」とそばで手伝う私に、的確な指示を出していた。

 

お誕生日のケーキ以外にも、母が必ず作ってくれるケーキがあった。それは「みかんケーキ」だった。みかんケーキとは、おそらく母のオリジナルレシピだったように思う。

スポンジ生地のなかにみかんの果汁を加えて混ぜる。だけど、それだけじゃない。生地の焼きあげたあとに、外側からもみかんの果汁をしみ込ませるのだ。

できたてをすぐに食べると、みかん果汁をしみ込ませた生地がベシャベシャしている。ベシャベシャはしているけれど、それはそれで美味しいのだ。

「ちょっと味見してみよか?」食いしんぼうな我が家の女たちは、ベシャベシャしているみかんケーキを少しずつ切りわけては「おいしいなあ」と言いあった。

みかんケーキが本当に完成するのは、焼き上げて、みかん果汁を外側からしみ込また翌日だ。

翌日にはケーキ全体にシットリとなじんで、ベシャベシャした感じもなくなるのだ。

競い合うようにして、私たち姉妹は食べたものだ。

 

我が家は毎年、みかんを大量にもらうこともあって、このみかんケーキは冬になると必ず作ってもらうケーキとして定番化していた。

母があまりにも簡単そうに作るため、小学6年生の姉とと小学3年生の私は「うちらにも作れるんちゃう?」と考えてしまった。

いま思えば浅はかだけれど、姉も私も「自分たちの手でケーキが焼けるんじゃないか?」という素晴らしいアイデアを思いついてしまったたも、作らない、という選択肢はなかったのだ。

 

「次に作るみかんケーキはふたりで作ってみたいねん」とふたりで母にお願いした。

母はわりと大らかな性格で「いいでー。でもオーブンは火傷したらあかんから、取り出す時だけお母さんやるわ。結構重たいから」

といって、実際にオーブンに入れる天板を持たせてくれた。

「取り出すときは、お母さんやるけど。オーブンに入れるときはふたりで入れてな。ゆっくりやったら大丈夫やろ」といってくれた。

 

母が書いたレシピを見ながら、姉とふたりでケーキを作り始めた。せっかちな私は、レシピをよく読まず進めようとしてしまい、何度か姉とケンカしそうになる。そんなときに母は「せっかく美味しいおやつ作ってるんやから、ケンカしたらあかん! ケンカしてる人が作ったケーキをお母さんは食べたくないわあ」と私たちのケンカを諌めた。

 

何とか生地を、丸いケーキ型に流しこんで、あとは焼くだけだった。

ふたりで、そおっとケーキ型をオーブンに入れて扉を閉める。

焼きあがるまで40分。

あとは待つばかりだった。

何度も焼いている途中のオーブンを覗き込んでは、ドキドキしていた。

けれど、覗くたびに不安になった。「お母さんが作ってくれてるときよりも、膨らんでへんな? なんでやろ?」

不思議だった。

もっとムクムクと、膨らんでくるはずやねんけどな? 姉も同じ心配をしているようだった。

「なあ、ひろちゃん。ケーキ、ぺちゃんこやなあ? なんでやろ?」

「なあ? なんでやろか。おかーさーん、ケーキ、膨らまへんー!」

母は、どうも心当たりがあるようだったけれど、笑うだけで、その場では答えてくれなかった。

 

チーン。

ケーキが焼きあがった音がした。

「ほんなら、開けるでー」

そう言って、オーブンの扉を開けた。

もわぁん、と甘い香りが漂ってくる。

うん。いつものにおいやわ。

おいしそうな匂いやし、大丈夫かな?

 

しかし、取り出したケーキは、やはりあまりふくらんでいなかった。ケーキ、と呼ぶにはすこし申し訳ないシロモノだった。

「......もしかして、失敗したん?」

たまらず姉が母に訊ねる。

「まあ、せやねー。ちょっと、混ぜすぎたんやねぇ」

母は、そう言って、ケーキ型からケーキをお皿の上に取り出した。

「最後に小麦粉を入れて混ぜるときに、さっくり混ぜなあかんねん。ぐるぐる、ぐるぐる混ぜてたやろ? あれは、ホンマはやったらあかんねん」

母のセリフに姉と私はぼう然とした。

「え、そしたら失敗なん?」

「なんで、作ってるときに言ってくれへんの?」私たちは口々に母に問いかけた。

「レシピには、さっくり混ぜるって書いたはずやからなあ。ちゃんと読まなあかん。混ぜ方ひとつで、お菓子はぜーんぜん出来上がりは変わってまうからな! 次作るときに勉強になったな!」母は私たちにそう言ってはげましてくれた。

「そしたら、このケーキ、失敗なん?」

ちゃんと泣きそうになりながら、私はたずねた。姉も、悔しそうな表情だった。

「みかんケーキは、あとひとつ、やることあることがあります。さて、なんやろ?」母は私たちに、まるでクイズでも出すように質問した。

「......みかんの果汁をしみ込ませる?」

私たち姉妹は声をそろえながら、母に答えた。

「そうやねん。実はな、お母さんも初めてケーキ焼いたとき、おんなじやってん。ぐるぐる、混ぜてな。膨らまへんケーキ焼いてん。でな、膨らまへんケーキは硬いねん!」

母は、笑いながら、過去に母自身が失敗した経験を話してくれた。

「そこでな、半分やけくそで、外から水分をしみ込ませたら柔らかくなるかなー? って思いついて、できたケーキが、みかんケーキやねんで!」

私はびっくりした。

いつも、上手に焼いてくれる母ですら、失敗したことがあるなんて。しかも、みかんケーキは、失敗から生まれたものだなんて!

「まあ、いつもよりは歯ごたえあるけどな。まっくろこげになったわけちゃうんやし」そう言いながら、母は私たちにみかんの果汁をケーキにかけるように促した。

私たちは、ていねいに、ゆっくりとみかんの果汁をケーキにかけた。

美味しくなりますように、とこころの中で祈りながら。

「明日までおいといたら、中まで染み込むから美味しくなるで」母は私たち姉妹にそう言ってくれた。

 

翌日。

おやつの時間に、みかんケーキを食べることになった。代表して、姉がケーキをカットする。

そろりそろりと、ケーキを切りわけて、母と姉と私の皿に盛ってくれた。

「いただきます!」

おそるおそる、フォークで一口サイズにしたケーキを口に運ぶ。

「......やっぱり、ちょっとは硬いな」

姉がそう言う。

「でも、味は美味しいで!」

完璧主義の姉が「失敗したのは、ひろこのせいや」と言い出すんじゃないかと思って、あわてて私はフォローした。

「初めてにしたら、上手にできてるやん。お母さんは、もうちょっと硬かったわ。なんでも最初っからうまいことできひんよ」

母は、ニコニコしながらみかんケーキを頬張っていた。

姉はまだすこし不満そうな様子だったけれど、食べていくうちに、だんだんと笑顔になってきた。

「また、ふたりで作ってな」母は私たち姉妹に笑顔で話しかけた。

 

はじめからなんでも、うまくできひん。

お母さんだって、はじめは失敗したって言うんやし。

私たち姉妹は、またリベンジしよう! と誓いあったのだった。