カーネーションと老夫婦
友人と久しぶりに会うために、街を歩いていると向かいから老夫婦が歩いてくる。80代くらいに見えるふたりは、付かず離れずの距離を保ちながら歩いている。
ふたりとも、少しだけおめかしをしているようで、おじいさんは帽子をかぶり、麻のジャケットを羽織っている。おばあさんも、レース地のカーディガンに、小さな真珠のネックレスと、胸もとにもブローチをつけている。ふわりとしたスカートをはいてしっかりとした足どりで、どこかに向かっているようだった。
すれ違った時に、おじいさんが手にしているものに目が止まった。
赤い、カーネーション。
造花ではないようで、少しだけ花びらがしんなりし始めている。けれど、ついさっきまでは水に浸かっていたらしく、葉先はみずみずしさを保っていた。
誰のためのカーネーションなんだろう?
おそらく、すでに亡くなられているであろう、おじいさんご自身の母に向けたものか。それとも、となりを歩いている、おばあさんに向けた話しがなのか。
ラッピングもされず、むき出しのまま、一本だけのカーネーション。
おそらくは、となりを歩く、妻に向けた花なのだろう。
慣れない花を手に持っているおじいさんは、少しだけ居心地がわるそうな、はずかしそうな表情だ。
長年、ともに暮らしてきた夫婦には、2人にしかわからないルールがたくさんあるに違いない。
歩幅を合わせながらも、少しだけ距離を置いて歩いている老夫婦には、これまでにどんなストーリーがあったのだろう?
だけれども、こうして少しおめかしをしながら、おそらく食事に向かうであろうふたりから、暖かく優しい気持ちをプレゼントされたようだった。
たった一瞬、すれ違っただけなのに。
今日は、母の日。
遠くに住む母は、カーネーションよりもバラの花が好きだという。
一度にたくさんお花をもらっても、一斉に枯れてしまうからさみしいと母はいう。それならば少しだけ時期を外して。きれいに咲いた花で優しい気持ちになれるように。母にはバラの花を贈ろうと思う。