ひろこの睡眠学習帖

寝言のようなことばかり言っています。

もう2度と、あなたに髪を切ってもらわないよ。

今週のお題「髪型」

 

どうしても、ぴたりと決まらない。

頭の中が、ひとつの事柄でぎゅうぎゅうだ。

 

ああ、神様!

今すぐに髪を切りに行きたいです!

 

そんなふうに思うことって、女性のかたは特に多いのではないか?

なーんか、モッサリしてるんだよなぁ……

なーんか、寝ぐせついちゃうんだよね……

なーんか、今すぐに髪を、切りたいな……

 

この想いに駆られると、居ても立っても居られなくなるのは、私だけではないでしょう。

なんだか髪型が決まらないときは、もちろんのことだけれど。年末になると「今年中に髪をなんとかしなきゃ!」という気持ちが降り積もってくる。

しかし、私はこの「年末に髪をなんとかしたい」気持ちのせいで美容院選びを失敗してしまったことがある。

年の瀬もせまったころに、どうにもガマンできず、時々お願いしている美容院に電話をした。だけど、やっぱりみんな、同じことを考えているようで、もう予約でいっぱいだという。

 

うーん。でも、切りたいんだよー!

今年中に、このモッサリはやめて、スッキリとした気持ちで新年を迎えたいんだよー!

前髪も、ちらちらと目にかかって、うっとおしいんだよー!

そう思いながら、地域のタウン誌をペラペラめくる。

 

あ、そういえば。

駅前に新しい美容院がオープンしてたんだっけ。タウン誌に「オープン割引きクーポン」とやらが載っていて、年末まで有効だと書いてある。

ちょうど家からも近いし、ダメ元で電話してみよう!

 

電話をかけると、元気の良い女性スタッフがでてくれた。

「あのー、予約したいんですけど。もう年内は無理ですか?」おそるおそる、尋ねてみる。すると「あ、ちょっと確認いたしますね。(ペラペラ予約表をめくる音)お待たせしました! 店長で良ければあいていますよ」

おお! ラッキー!

店長、ありがとう!

私は予約をお願いして、いそいそと出かける準備をした。

 

この時に、気がつけば良かった。

忙しくて、新規の予約を受け付けられないような時期に「店長で良ければ」あいている、と言われた意味を……。

 

カランコロン。

「いらっしゃいませー」

あ、電話にでてくれた女の人かな?

「すみません。今朝電話して、13時の予約をお願いしたんですけれど……」

「はーい、お待ちしていました。あ、店長……。ちょっと出てしまってるので、すみませんが、少し掛けてお待ちくださいね」

ん? もう13時なのに、店長いないの? また、年末だし、あちこち挨拶したりとか、あるのかもね。そう思いながら、お店の中をキョロキョロ見渡す。雰囲気は悪くない。対応してくれた女性スタッフは、先に来ているお客様のヘアカラーのチェックなど、テキパキと動き続けている。お店のつくりも、ウッドベースの床に、名前は分からないけれど大きな観葉植物が気持ちよさそうに、あちらこちらに置かれている。空気も澱んだ感じはないし、この美容院はよさそうだな、と思っていたら。

 

「あー、お待たせお待たせ!」

ガランガランっとがさつに扉を開けた音がした。なんだか、その人が扉を開けてお店に入ってきたとたんに濁った空気も入ってきたように感じられた。

「ごめんねー、お待たせしちゃって! さ。こちらにどうぞ!」

私にむけて話しかけてくる。まさか、店長か?

 

店長の出現によって、お店の雰囲気は少し悪くなったように感じたばかりだったので、私の中で、少しばかり緊張感がただよう。

 

大きな鏡の前の席に移動して「今日は、どうされますかー?」とにこやかな笑顔を私に向ける店長。

一目見て「サーファーかな?」と思わせる。肌はしっかりと日焼けしていて、ロン毛とは言わないけれど、やや長めのヘアスタイル。前髪も長くてうっとおしくないのか、心配だ。歳のころは40台半ばだろうか。ひと昔かふた昔も前の木村拓哉に憧れているのかなと思わせる佇まいだ。黒いロンTの上にアロハシャツを着ていて、見た目で判断してはいけないと思いつつ「チャラ男」だと認定してしまう私がいる。

 

「あ、ちょっと揃えるくらいで。あとクーポンのトリートメントサービスも予約したときにお願いしたいんですが」

「はいはいはい。このあたり、ちょっとモサモサしてるしね! じゃ、はじめますね」

人の話をきいているんだか、いないんだか。

店長は、さっとハサミを持って、私の髪を切り始める。

「すてきなお店ですね。ちょっとこの町にはオシャレすぎるくらいです」

私は、なんとなく、お店を褒めるようなことを話した。店長に話しかけられると、なんとなく根掘り葉掘り聞かれそうに感じたからだ。

「オシャレすぎるかなあ? いや、僕ね、ここに来る前は表参道の店に居たんだけどね……」

ここから、店長の怒涛の自慢トークがはじまった。トップスタイリストとして活躍したり、芸能人の専属になったり、独立するのも引き止められて、2号店の店長として続けてほしいって言われたり……。どこまでが本当かはわからないけれど、うさんくささは、満点だった。サービス業のことはあまりわからないけれど、美容師さんは腕が良いことはもちろん大事だろうけれど、お客様の話を聞き出したり、共通の話題を見つけたりして「この人は、信頼できる」と思わせる必要があるんじゃなかろうか? よりによって、こんなに自慢話ばかりしていては、ダメなんじゃ……。店長よ、この町は話を聞いてほしいおばあちゃんばっかりだから、自分の話ばかりしてちゃ、お客様こないよ! そう言ってやりたい。

 

「前髪も揃える程度でいいよね!」店長は、私の意見を聞かず、前髪を揃えようとする。

「あの、前髪は短いのが好きなので、眉毛くらいまで切ってください」

「え? そんなのバランス悪いから! 前髪は長めに残しとかなきゃ!」

それが嫌だから来てるんじゃないか! 前髪短くしてくれよ!

バランスのことは、気にしなくて良いので。切っていただけませんか?」なんとか食い下がる私。しかし、店長は切ってくれなかった。

「僕が良いっていうスタイルが一番良いから! ね? ほら! この長さがちょうど良いから!」

そう言って、1ミリくらいしか、前髪は切ってくれない。

何がなんでも切ってくれないのか。そう。ならもう、何も言わないよ……。

 

「じゃ、シャンプーとトリートメントしていきますから」そう言って席の移動を促し店長。

私はシャンプー台にグッタリと横たわる。顔の上にペラリとしたフェイスペーパーが無造作に置かれる。私はこのシャンプーの時、顔に載せられるタオルやフェイスペーパーが大嫌いだった。なぜなら、まるで死体の顔にのせる布みたいじゃないか。そう考えてしまいと、どうしても載せてほしくないものに思えた。

「すみません、この布載せられるの好きじゃないので、外してもらいたいんですけど」

そう訴えてみたけれど、店長には伝わらなかったようだ。「一応載せとかないと、顔に水がかかったら嫌でしょ?」

うん。もう、いい。店長とは話しがあまり、通じないみたいだから。

店長のシャンプーは、結構強くて痛く感じたし、シャワーのお湯の温度も高めです熱かった。

「ちょっと痛いです」「ちょっと熱いです」そう訴えても店長には伝わらない。なにごともなかったかのように、トリートメントを私の髪に塗りたくり「少し、時間おきますね。えーと10分くらい」そう言って店長はその場を離れていった。

10分くらい、と言われても時計も見れないし。

一応寝そべっているような姿勢だからウトウトしながら待つとしよう。それにしてもトリートメントってシャンプー台で寝かせた状態で待たせるものだっけ? 一回イスに座ったりしない?

そんなことを考えていたら、店長はガランガランっと音を立ててお店から出て行ってしまった。

えっ? 10分のあいだに、お店の外に出ちゃうの? ちょっとちょっと! おーい!

なんなんだろう? この美容院、っていうか店長。なんだか、ちょっと私には理解しきれない。トリートメントを待っているあいだに何本か電話がかかってきて女性スタッフが対応していた。電話先のお客様に「店長なら空いている」と伝えるたびに断られているようで「また、来年よろしくお願いします。良いお年をおむかえください!」と言って電話を切っていた。

そうこうして、店長は戻ってきた。10分近く経過したらしい。

「お待たせしましたー。じゃあ流していきますねー」

そう言って店長は私の髪をシャワーで流し始める。

……タバコ臭い! 10分の待ち時間で、店長、あなたタバコ吸ってきたんですか? その指で客の髪を触る? いやー、ありえない。いくらなんでもダメだろう。タバコを吸う人がダメというわけじゃないけれど、このタイミングでタバコを吸ってきちゃあダメだろう!……顔にもシャワーのお湯、かかってるし! イライラするがあとちょっとガマンして早く家に帰りたい。そう思っていた。

ドライヤーで髪を乾かしてもらい、女性スタッフの方からの「申し訳ありません」というまなざしを感じながら、私はもうあまりしゃべることもなかった。一刻も早く帰りたかった。

店長は、仕上げたヘアスタイルに満足しているようで「やっぱり、前髪のバランス、いいね! ね?」と私の同意を求めてくる。曖昧に「はあ、まあ、そうですかね……」とうなずいて、その場を終わらせようとする私。私がうなずいたことで満足した店長は満面の笑みを浮かべていた。

 

髪を切りたい、という当初の目的は果たせたのだから良しとしなければ。たとえタバコ臭い指先で髪を整えられたとしても。前髪もあまり切ってもらえなかったとしても。

会計をしている最中に、また電話が鳴る。店長でもいい、というお客のようだ。
かわいそうに。

 

もう2度と、私は店長、あなたに髪を切ってもらいたくない。 

なんだかとっても疲れてしまった。「良しお年を」と言われて美容院を後にした。

家に帰ったら、前髪を短くして新年を迎えよう。そう思いながらトボトボと歩いた。