読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひろこの睡眠学習帖

寝言のようなことばかり言っています。

あの日、母と私は犯罪に加担するのではないかと震え上がった話。

f:id:yuzukarin:20170419103658j:plain

 

「なあ、ひろちゃん。シマダさんの家の横の空き地にな、かわいい花咲いてるの知って

 

わたしが小学生の、ある春の日のことだ。

 

「かわいい花? 知らん。どんな花なん?」

シマダさんのお家の横にある空き地には、四つ葉のクローバーを探しに行くこともあった。

だけど最近はクローバー探しには行ってなくて、母が言う「かわいい花」のことは知らなかった。

 

「うーん、お母さんも見たことないねんなあ。

朱色の花びらで、茎のところが長くてシュッとしてるねん」

「えー、見てみたいわあ。明日見に行こう」

「うん。かわいらしい花やで。シマダさんに聞いて、分けてもらおうかな?」

母はそう言って、考えていた。

 

母の趣味はガーデニングで、我が家の小さい庭には、いろいろな花が所狭しと並んでいた。父は盆栽が好きだったので、母があれこれ咲かせている花には、あまり良い顔をしていなかった。種が飛ぶと、盆栽の鉢の中からも芽が出てくるのだという。

 

しかし、母はおかまいなしに、「かわいい花」を見かけると購入したり、譲ってもらっては増やしていた。

母が植物を育てている姿は、子供のわたしには魔法使いのように見えた。

葉っぱ1枚からでも、根を張らせて育ててしまうのだ。

大人になった今では、それは「挿し木」と呼ばれるガーデニングの手法のひとつらしいこともわかったけれど、当時は不思議に思えてならなかった。

「お母さん、魔法使いなんやろか?」と、こっそり考えていたりした。

 

翌日、空き地に咲いている「かわいい花」を見に行くことにした。

母も一緒行くと、支度しだした。

シマダさんにお花を分けてもらえるか、話してみるのだという。

 

空き地には、「かわいい花」は二本だけ咲いていた。

母のいう通り、朱色の大きな花びらが一枚ずつ存在感をアピールしている。茎はスラリと細く長く、バランスが悪く感じるほどだ。花が重くないのか、心配になるほどだった。

 

「かわいい花やろー」

母は、わたしに話しかける。

わたしも「うん。でも、見たことないなあ。なんの花やろ?」と初めて見る花に夢中だった。

 

シマダさんのおじいちゃんがお庭に出ていたので、母が話しかける。

「こんにちわ〜。あの、あそこに咲いてる花、シマダさんが植えてはるんですか? かわいらしいから、もし良かったら分けてほしいんやけど……」

母は、単刀直入に交渉していた。

しかし、シマダさんは、意外そうに

「なんや? あの花、かわいいか? 全然知らんうちに急に咲いて。気持ち悪いおもててん。花の色も変な朱色で。薄い血みたいな色やんか。気持ち悪いから抜いてしまおか、おもてたとこや。欲しいんやったら、好きにしたらいいで」

 

母とわたしは顔を見合わせた。

あんなにかわいい花を「気持ち悪い」とは。

でも、そう言われてしまうと、ピンクや黄色の花びらと比べると朱色の花の色が、怖く感じてしまった。

 

「じゃあ、また改めてスコップ持ってきます。ありがとうございます」

母はそう言って、シマダさんのおじいちゃんにお辞儀した。おじいちゃんも片手をあげて、「勝手に持っていってええからね」と言って、家に入ってしまった。

 

母とわたしは、すこし複雑な気持ちだった。

さっきまでは見たことの無かった花をかわいいと思えていたのに。

シマダさんのおじいちゃんと話してから、ちょっとだけ「気味の悪い花」に思えてしまっていた。

 

「……お母さん、どうする?」

「せやねぇ。まあ、いそがんでもいいし、夕方になっても欲しかったらスコップ持って、もらいにいこうか」

そう言って、自宅まであるいて帰っていった。

 

母は、夕飯の支度前に私に「ちょっと、シマダさんの空き地に行ってくるわ」

と簡単に告げ、出かけて行った。

お花をもらいに行ったんだと思い、「気をつけてね」とだけ声をかけた。

明日、鉢植えするのを手伝おうと、思っていた。 

 

 

しかし。

テレビを見ながら夕飯を食べていた時のこと。

ついていた番組は、

「世界の信じられない驚きニュース」のような内容だった。

ぼんやりと見ながらご飯を食べていたけれど、あるエピソードに釘付けになった。

 

それは、自宅に突然咲いた花がかわいくて育ちていたら実はそれは「大麻の花」であることがわかった。麻薬を密造しているのではないかと警察に家宅捜査されたというエピソードだった。

 

母とわたしは、顔を見合わせた。

そのエピソード映像に登場した花こそ、「かわいいけれど、奇妙な花」として、私達が夢中になっていた花だったからだ。

ケシの花、という名前であることも、その時初めて分かった。

 

 母とわたしは、食事の手を止めて、顔を見あわせた。

なんにも知らない父は

「ふーん、こんなこともあるんやなあ。お母さん、何でもかんでも、お花もらって来たらあかんでー。知らんうちに犯罪者になっているかもしれんからな」と、なにげなく言っていた。

「……そうやねえ」

母は、言葉少なげに、父に同意していた。

 

わたしはというと、内心とてもドキドキしていた。

あの「かわいいけれど、奇妙な花」は、もしかして麻薬の原料になる花なんやろうか? もし、そうやったとしたら、どこかから種が飛んできたんかな? じゃあ、どこか近くのお家で麻薬の原料を育ててはるんやろうか……?

なによりも、さっきお母さんが、シマダさんの空き地からもらってきている。

今まさに、我が家の庭にこっそり置かれているはずだ……! 

考えれば考えるほど、怖くなってきた。

食事の味も全然わからなくて、もそもそと皿に盛られている食品を食べ続けた。

母も、同じような心境らしく、いつもみたいに冗談を言ったりしなかった。

 

 

「……なあ、ひろちゃん。あのお花のことやねんけど」

父がお風呂に入っている隙に、母はこっそりわたしに話しかけた。

「明日な、一緒に図書館に行って調べてくれへん? もしあのお花が、咲いてたらあかんお花やったら、警察に言わなあかんし」

「……うん」

「なんか、心配やねえ。もらってこんといたら良かったわ……」

憂鬱そうな母の顔を見ると、わたしまで心配になってきた。

 

お母さんが、警察に連れていかれたらどうしたらいいんやろう?

お母さんは無実です、って言ったら信用してもらえるやろか?

心配で心配で、 怖くなって、布団にくるまってもぜんぜん眠れなかった。

 

翌朝。

母とわたしは、大きな図書館に行ってみることにした。

「植物図鑑」をいくつか調べてた。

あっけないほどに、すぐにその花の正体は分かった。

「ケシの花」はポピーとも呼ばれている一般的な植物だということもすぐに分かった。

 

良かった。

あの花は、麻薬の花じゃなかったんやわ。

母と

「すぐにわかって、良かったねえ」と言い合いながら、

図書館の外でジュースを飲んだ。

ジュースは甘く、冷たくて体にシュワシュワと沁みわたった。 

安心したからか、いつもより、ちょっとおいしく感じられた。

 

 母は、「もらってきたお花は、やっぱり返してくるわ。お父さんにまた、いらんお花増えてる! って怒られそうやし」

といって、笑っていた。

植物図鑑には、ポピーの花は繁殖力がとても強いと書かれていたのが気になったのだろう。

 

知らない間に手にしていたものが、

実は何か、得体のしれないものかもしれない、と思うと

今でも、ちょっとだけ、怖くなる。