ひろこの睡眠学習帖

寝言のようなことばかり言っています。

「宝物だったスニーカーが、一瞬で呪われた話」

今週のお題「お気に入りのスニーカー」

「宝物だったスニーカーが、一瞬で呪われた話」

 

 

お気に入りのスニーカー、というと、どうしても思い出さずにはいられない、

夫の話があります。

 

それは、夫(以下A君、と記します)が小学生の頃のこと。

A君の住んでいる場所はとても山奥でバスも朝と夕方に1本ずつしか走っていないような田舎です。

A君はお父さん、お母さんとおじいちゃん、おばあちゃんと兄弟3人で暮らしていました。おじいちゃんとおばあちゃんは自宅で農業をやっています。

おじいちゃんもお父さんも、厳しい人でした。特におじいちゃんは戦争を経験していることもあり、物を粗末にしないように、食べられるものは何でも食べるように、といつも言っていました。

 

A君には4つ年上のお兄ちゃんがいて、お洋服はいつも、お兄ちゃんのお下がりでした。

お兄ちゃんのお下がりも嫌じゃないけれど、なんとなく、いつも考えていました。

 

お兄ちゃんばっかり、新しいお洋服、いいな。

 

お洋服はお下がりだけど、ひとつだけA君が新品のものを買ってもらえるものがあります。

それは靴でした。

靴は、お兄ちゃんも履きつぶしてしまうので、A君のためだけの靴が買ってもらえるのです。

 

ある日、ちょうど、A君の足が大きくなったので、今まで履いていた靴がきゅうくつになったと、お母さんに伝えたところ、新しい靴を買ってもらえることになりました。

「僕、お兄ちゃんが履いてる、カッコいいマークの付いた靴が欲しい」

A君は、そうお母さんに伝えます。

 

お兄ちゃんがいつも履いていたのは、アディダスのマークがついたスニーカーでした。

となりの駅前の靴屋さんで買ってもらったと、お兄ちゃんが嬉しそうに自慢していたのです。

「ぼくも、次に靴を買ってもらう時は、あのマークの靴がいいな」

A君は、心の中で、ずっと決めていたのです。

 

だけど、お母さんは、渋い顔をして、こう言いました。

「あれは、ブランド物でちょっと値段が高いからねえ……。A君はまだ、これからもすぐに足が大きくなるから、まだ早いんじゃないの?」

 

A君はショックでした。

お兄ちゃんは買ってもらえるのに、僕は買ってもらえない。

なんでだろう……?

お兄ちゃんばっかり、ずるい。

 

あまりにも、悲しそうな顔をしたのでしょう。

お母さんは、慌てて、

「とにかく、土曜日に、靴屋さんに行こう! A君のサイズのがあれば、一回試してみよう」

こういって、A君のしょぼくれていた顔を、一瞬で笑顔に変えてくれました。

 

土曜日になって。

A君は、お母さんと一緒に隣町の靴屋さんへいきました。

たくさんのスニーカーが並んでいます。ナイキ、プーマ、ミズノ……。

ありました。アディダスのスニーカーが!

 

真っ白のスニーカーや、ブルーやブラックのラインが入ったもの……。

いくつか種類があって選べましたが、A君は真っ白のスニーカーを手に取りました。

 

「お母さん、これがいいんだけど?」

そういって、お母さんにスニーカーをみせて、試しに履いてみていいか尋ねました。

お母さんは、ちらりと値札を確認しましたが

「うん、足に合うサイズがあれば、これにしたら?」と言ってくれました。

値段も、問題なさそうでした。

 

いくつかのサイズを試した後、ぴったりのサイズがありました。

まるで、僕のために作られたみたい……。

カッコいいだけじゃなくて、僕の足にぴったりだなんて。

A君はとっても浮かれていました。

お母さんがレジでお会計をしてくれて、その真っ白なアディダスのスニーカーは、

A君のものになりました。

 

履いて帰ろうか? とも思いましたが、

せっかくだし、月曜日に、学校に行く日から履こうと決めて、

その日は大事に持って帰ることにしました。

大切な宝物を手に入れた勇者のように、

スニーカーが入っているビニール袋を、しっかりと持って家に帰りました。

 

新しいスニーカーを手に入れたA君は、あまりにも嬉しくて、

その真っ白なスニーカーを玄関に飾ることにしました。

お兄ちゃんがふざけて、履こうとしますが、お兄ちゃんの足は大きくて履けません。

「やっぱり、僕のためだけの靴だから、みんな履けないんだ!」

そう思って、うれしくて、なんどもニヤニヤしながら靴を眺めていました。

 

次の日。

お父さんは朝早くにゴルフに出かけていきました。

おじちゃんは庭で、農作業をしています。

お天気も良くて、A君は新しいスニーカーを履いて遊びに行きたかったけれど、

まだ、そのスニーカーは大事に眺めておこうと思っていました。

 

夕方になって、お父さんがゴルフから帰ってきました。

「おーい、おじいさん、ちょっと」

外から、お父さんが、おじいさんを呼んでいます。

おじいさんはA君と一緒にお茶を飲んでいました。

 

「おじいさん、ヘビを持って帰ってきたから」

お父さんのその一言を聞くや否や、おじいさんはものすごい勢いで

玄関へ飛び出していきました。

おじいさんは、野生の生き物(カエルやヘビや、昆虫など)を「精がつくから!」と好んで食べていました。おそらく、戦時中の体験が、体に染みついていたのだと思います。

 

おじいさんの勢いにつられ、A君も少し遅れて、外に出てみることにしました。

その時です。

玄関に飾ってあった、A君の新しいスニーカーが見当たりません。

「あれ……?」

すこし、不安な気持ちを抱えながら、A君は庭に出てみました。

 

すると。

おじいさんが、A君の新しいスニーカーのかかとを踏みつけて、履いていました。

手には、だらりと、死んでいるヘビを持っています。

 

おじいさんは、そのまま、農作業でつかっている鎌でヘビの頭を切って、

いっきに皮を剥ぎ取りました。

A君のスニーカーで、切ったヘビの頭をふみつけて、

メリメリッと音が鳴りそうなほどに勢いよく。

 

ヘビの皮は、きれいに剥けて、おじいさんはうれしそうに満面の笑顔で、

ヘビを大切に持って、いそいそと家の中に入っていきました。

まるで、大切な宝物を手に入れた勇者みたいに。

 

玄関には、かかとがつぶされて、無残な姿になった

A君のスニーカーが脱ぎ捨てられていました。

そのスニーカーには、泥と、ヘビの血が少しついていて、

もう、真っ白ではなく、どろどろに汚れていました。

 

A君はとても悲しくなりました。

ぼくの大切な宝物を、踏みにじられてしまった。

 

けれど、おじいちゃんにとっては、

ぼくの靴なんて、どうでもよくて、

好物のヘビの肉こそが、宝物だったんだ……。

 

どろどろになった靴をじっと見つめて、

涙があふれてくるのを、必死でこらえました。

台所からヘビの肉を焼くにおいが、玄関まで漂ってきました。

「この煙のせいで宝物だった靴が、あっという間に呪いのかかった靴になってしまった」と、思いましたが、

A君は、この靴を履きたくない、とは言えませんでした。

 

月曜日。

学校に靴を履いていこう決めていた日です。

その日は朝から大雨でした。

 

A君は呪いのかかった靴をイヤイヤ履いていきましたが、

ふと、思い立って、わざと、水たまりに大きく飛び込みました。

 

いっそのこと、もっとドロドロにしてやればいいんだ!

呪いも何も、ないんだ。

ぼくがわざとドロドロにしてしまえばいいんだ!

そうして、ぼくの、自慢の泥だらけの靴にしてしまうんだ!

 

そう思いながら、バシャリバシャリと、水たまりに飛び込みながら

学校までの道のりをご機嫌に歩いていきました。